グランドマスター

何故こんなに客が少ないのかと思いながら見始め、中盤から、こりゃ途中退場ありうるなと思った。救いは、こういう盛り上がりが少ない映画にありがちな上映時間の長さがなかったところか。
出演は、チャン・ツィイートニー・レオンチャン・チェン。横文字?に弱いので、チャン・ツィイーしか知らないが、全員スターらしいオーラに満ちていた。一番の主役は、トニー・レオンのイップマンだが、私は何のために出てきたか不明になっちゃったチャン・チェンに夢中。常に斜め上を睨んでいる目ヂカラが良い。
監督はアクション撮ったことないが大丈夫かという前評判を聞いた気がするが、決して大丈夫ではなかった。アクション、見づらい。アップが多いから?何が起こってるか分かりづらいし、明らかな早回し箇所とか気になる。
ただ、前半のアクションが多くの人にとっては見所だし、綺麗だ。派手なワイヤーアクションが入るわけではないが、主人公が煌びやかな妓楼で次々と色々な達人たちと手合わせをするシーンは軽快だし…手合わせなので少し物足りないが…チャン・ツィイーが雪の中や汽車の横で戦うシーンは美しい。
特に汽車の横で戦うシーンが良い。チャン・ツィイーは、二十歳という役がしっくりくる。派手な美人でないところも良い…褒めてます。
汽車だから、メーテルのような恰好で戦うのもツボだ。この人は、民族衣装とか露出の少ない衣装が似合うなあ…褒めてます。
字幕で台無しになったらしい、抑圧された愛情表現によく合っている。
この映画は、三人のそれぞれの流派の達人を軸にした大陸の拳法統一の物語というから、てっきりアクション映画かと思って見ると大失敗する。どの流派が頂点に立つかグランドマスターを決める天下一武道会みたいなものではなく、それぞれの流派の三人のグランドマスターの人生を淡々と描くドラマだ。
そのドラマもたいして交錯しないので肩すかしをくらう。
ラブストーリーのような予感も予告では匂わせていたが…私にとっては、嫌な予感でしかない…あのシーンは、戦いの中で顔が近づいた所を切りとっている。主人公のイップマン?には、奥さんがいるし、チャン・ツィイーは婚約者がいて婚約は解消するが武術のために独身を貫く。抑圧された恋愛感情をただよわせたかったらしいが、字幕のせいか失敗している。
多くの日本人にとっては、アクションもラブストーリーも中途半端で半分以上が誤解させる予告のせいだ。
「どれだけ愛を失えば頂点に立てるのか・・・」そんな映画じゃなかった。
だが、中国や香港の人が見ると印象が違うのかもしれない。何せ主人公は、実在の人物でブルース・リーの師匠として有名。よって、いきなり出てくるブルース・リーの格言も香港で拳法を教え始めた主人公の前に意味深に現れて弟子入りする少年にも理解度が日本人とは違うはず。
トニー・レオンは、いい感じに枯れてて良かった。四十までは富豪として何不自由なく暮らしていたが、屋敷と家族を日中戦争で失う。
その斜陽の時期とマスターとして円熟する時期が一致するのが良いのだろう。肉体的には二十代ぐらいが良いのだろうが、拳法の真髄は、思想にも及ぶということ。
ただ、香港版あたりで痛快な抗日映画になっている可能性は、あるな。
チャン・ツィイーにもモデルはいるが架空の人物らしい。チャン・チェンがやった八極拳のカミソリに至っては全く分からない。
カミソリだからか、白薔薇理髪店として弟子を取り始めるのは面白かったが、暗殺部隊を抜けたか故に追われ続けるという設定だから、てっきり暗殺部隊時代の写真かと…
で、このカミソリがほぼ本編に絡まないので、出さなくて良かったのでは状態なのだ。出番も少ないし。
残り2人が柔っぽいので、剛って感じの動きは力強くて恰好いい、しかも、役作りで三年八極拳を習った結果、チャン・チェンは、八極拳の全国大会で優勝している…かわいそうだよ。三十半ばなのに凄いじゃないか。チャン・ツィイーも骨折したらしいが。
(調べたらツィーは腰をいためて、骨折はトニー・レオンだった。しかも、2回。そのシーンが多分、カミソリとの対決シーンだからカットされて怒っているのね。しかし、怒るなら、チャン・チェンだと思うんだが。
まるでチャン・ツイィーの映画で自分は脇役みたいにされたって言っているらしいが、私にはイップマン主演に見えたし・・・それもチャン・チェンなら言う資格あるかも。主役級だったのにね。ほとんど見せ場カットじゃん。パンフレットみないと分からないと彼なんて設定すら分からないらしいじゃないか・・・気に入っていない映画なのにパンフレット買わないとダメかなぁ。)
他の二人と絡んだのは、追われている手負いのカミソリが汽車の中でチャン・ツィイーに逃げるのを助けてもらう通りすがりのシーンだけ。
宗家の娘でありながら、父を殺した兄弟子に復讐するため武の道を進み、子も残さなければ、技を伝えもしなかったチャン・ツィイーが助けたカミソリが香港で弟子を取って技を広めたというところに対比があるのは分かるが。
強くても家族を守れなかった主人公、技を絶えさせたチャン・ツィイーと又違う人生を歩んだカミソリ。描く理由はあったんだろうが、構成が下手なんだろうな。
アクション映画としてもラブストーリーとしても中途半端なように、彼の物語におけるバランスは非常に悪い。
構成の失敗は、トニー・レオンとのバトルシーンをカットしたところが大きいかもしれない。
実は、主人公のトニー・レオンとカミソリ役のチャン・チェンのバトルシーンは、撮ってあって映画のクライマックスシーンとなる予定であった。
しかし、人生にはクライマックスがあるわけではないとかなんとか言って監督がカットし、トニー・レオンを大層がっかりさせたらしい。
全国大会で優勝するほど練習しちゃったチャン・チェンにも聞いたげてよ。
カミソリをちゃんと他のマスターと絡ませれば、アクション映画としては良かったのに、監督はドラマを撮っているのだ。
誰に見せる、どういう映画なのか、脚本と構成がブレたのが致命的だと思う。しかも九年?(構想9年クランクインから3年かな)かけて撮影したため、先にイップマンの映画を二まで作られてしまった。
あとは、見るべき人に見せなかったこと。あの映画予告は別物だ。あれでは、アクションを取り入れた痛快娯楽映画と思われかねない。そんな罪のない聴衆がいまいちピントの合っていない盛り上がりに欠ける淡々としたドラマを見せられるのだ。評判が良いわけがない。
では、誰が見るべきなのか。恋愛としてはイマイチ。
伝記としてと武術としては私にはわからない。架空の人物出まくりの時点で伝記ものじゃない気はする。武術もそれぞれの拳法の特徴をイマイチ表していないとも聞く…分からないが。
なら、残るは、役者のファンと監督のファンだ。
役者は、三人とも良かった。私は、カミソリに夢中だ。有名な俳優の息子らしい。アシスタントと結婚するらしい。しかし、彼のファンが主役級と思って見れば悲しいだろう。
信じてもらえないだろうが、私はこの映画をけなしたいわけではない。映像は美しいし、役者は良い。
私が見ると惜しい映画だが、誰かにとっては素晴らしい映画かもしれない。そんな映画だ。


調べてみたら、ツィー(ルオメイ)とチェン役にもモデルのような人がいた。宮宝田と劉雲樵。
ルオメイのモデルは、違う名前だった気もする。
最終的に隠し持っていた銃で馬三を射殺したとか。八卦掌は暗器ありなんだと思う。作中でも姑息?な拳って散々言われているし。

劉雲樵は、実際に国民党時代に暗殺を随分やったと言われている。理髪店を経営していたのも本当。
日本軍が去った後、国民党と共産党の争いが激化し、共産党優位の中、香港に逃げる。
映画の白薔薇理髪店も理髪店を装った武館の設定だとか・・・パンフレットを読めば分かるらしい。しかし、今、映画館ではパンフレットの見本を表紙のコピーしか置いてくれないから勘で買うしかないんだよね。凄く感銘を受けた映画ならともかく完結版は4時間あるっていう映画のために・・・はぁ。)
で、その頃の中国というのは、動くとお腹すく武道は金持ちがやるもの、貧乏人は学で身を立てろという発想だったらしく、お金持ちだけが習えるものなので、イップマンなんかよりカミソリのモデルの方が桁違いなお金持ちだったそうだ。
戦争でイップマンは日本軍と共産党から二度に渡って財産を没収されてしまったわけだが、劉はどうだったんだろうか。国民党が強かった頃は良かったんだろうけど。