212-23 ★牢の中の貴婦人 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ

抗争中の異世界に迷い込み、貴族の令嬢と間違われたエミリーは、敵方に囚われてしまう。
そのエミリーの日記の形式で本書は、進む。
狭い世界と少ない登場人物で物語りは進むが、一番の展開は、同じ砦に囚われた貴公子との秘密の文通である。


以下、ネタバレ。


この話は、1960年代に書かれたもので、私など生れてもいない。
ジョーンズもデビューしていなかったと思うのだけど、定かではない。彼女の最も初期の作品であることだけは、間違いない。
スコットランド王ジェームズ一世(エリザベス一世の後継者とは別人らしい。私には、チンプンカンプンだけど)が囚われの身であった頃に書いた「王の書」に遠くに見かけたことしかない娘に恋をしたという記述があるらしく、それを娘の方から見た物語に仕上げてある。
後書きでは、後にジェームズと結婚したジョーン・ボーフォートであると言われていると書いてあるが、どうもイングランド王の姪であるらしい。
本当にそうだとしたら、遠くから見かけたというのは、イングランド側の策略だったのではないかと勘ぐってしまう。
江戸時代のお見合いだって、女性が通るのを男性が見かけるだけだったのだし。なんと、昭和初期にもこれ式お見合いで結婚した人を知っている。
まあ、親が決めたら半分決まりって感じで、後は、男が見た目チェックをしたことがあるみたいな、そんな印象なんだけど。(いつも見かける側が男なのかは、知らないのですが。)

・・・話がずれた。

この話を読むに当り、私は、随分と色々な前情報を入手していた。
だから、この本がハッピーエンドでないことも知っているし、エミリーのほのかな恋心が成就しないことも知っている。
相手が解放されたととたんに文通相手のことなんか、忘れてしまったことも。
無駄な期待をしなかった分、とても面白かった。

まず、第一に私は、日記形式の物語がとても好きだ。
ミステリーもそうだし、それに近い展開を見せるファンタジーでも同じだ。
なんといっても、こうした物語を書くに当って、日記形式というのは、とても優れている。
誰が最初に考えたのか、是非、知りたいぐらいだ。
優れている理由としては、日記というのは、書いている本人が知っている事柄すらも書く必要がないということだ。
何を読者に知らせて、何を知らせないかという選択を容易に実行出来る。
そして、物事を一方的に書く。勿論、主人公の知らないことなど、読者は知りようもないし、主人公の主観に振り回される。(作者からすれば、読者を誘導しやすい。)
ましてや、主人公は異世界人で、囚われ人なのだ。
本人すらも分かっていない。つまり、ミステリー(この作品は、ファンタジーだけど、謎解きという意味で手法は近い。)で重要な質問役を主人公がこなせるのだ。
その一方で、主人公の心情の細やかなところまでが書かれていたりして、文体が好みであれば、私は、かなり楽しめる。
ただ、主人公のおかれている状況は明らかになるものの、文通相手の貴公子は、脱出した後は、主人公のことなど眼中になく、ラブストーリーだと思って途中までくると肩透かしをされる。
そして、主人公の行く末も分からない。
でも、これが史実を元にして書かれたものということであれば、実際には、こんな物だと思う。日記には、まずオチがない。
その日記が書かれた期間だけを切り取ったもので、その後、何があったかということが細かく分かるわけでもない。
つまり、これを中世の女性の書いた実際の日記、歴史文書を創作したのだと想定して読めば、こんなものだという意味だ。
ジョーンズは、仮想世界を作り上げてはいるけれど、スコットランド王の相手の娘(イングランド王の姪という情報はなかったらしい)を想像して書いたわけだから、そういう昔の日記だと思って読めば、とても面白い。
ただ、気になるのは、エミリーはイギリス人なのだけど、実際には、どういう人間なのか、イギリスでは、どう暮らしていたのか、簡単にしか記されていないことだ。
異世界に紛れ込んだ状況など、全く分からない。(紛れ込んだ後で、貴族の女性に身代わりにされた状況は、少し書かれている。)
主人公が異世界からやってくる、そこを思いっきりファンタジーにしているせいで、前述のような歴史文書のような楽しみ方が若干あやしくなる。
何より、異世界に来た理由がさっぱり分からなくて、読後感がすっきりしない。(私は、気にしていないけど。それに、異世界人にしたことで、言語の解釈を間違えるというミスリードも出来る。これは、外国人でも出来るけど。)
デイルマークの原点らしいので、デイルマーク四部作を読めば、少しは、異世界から人が紛れ込む仕組みが分かるのだろうか。
それにしても、佐竹美保の表紙は、良いなぁ。クレマンシーシリーズとは、一味違う。
大人向け作品用に抑えてあるものの(そこが又良いのだが)、上を見上げる主人公を俯瞰して書くところが、最初に書かれた牢の高い位置に付けられた小さな窓を思わせる。

結構、面白かったけど、前評判の悪さとのギャップとかもあるし、誰にでも薦められる作品でもない。
私としても、ジョーンズの中で一番好きな作品というわけでもない。
書評を書くには、難しい作品だ。